70 歳の男性。自転車で転倒したため救急車で搬入された。
現病歴:自転車で走行中に転倒し、右側頭部を打撲した。ヘルメットは装着していなかった。通行人が 119 番に通報し、救急車を要請した。救急隊接触時の意識レベルは GCS14(E3V5M6)であった。
既往歴:58 歳から高血圧症で降圧薬を服用中である。
生活歴:喫煙歴はなく、飲酒は機会飲酒。妻と 2 人暮らし。
家族歴:父親は 80 歳時に急性心筋梗塞で死亡。母親は 95 歳で生来健康。
現症:受傷 30 分後、搬入時の意識レベルは GCS8(E2V2M4)。身長 163 cm、体重 60 kg。体温 36.7 ℃。心拍数 80/分、整。血圧 148/92 mmHg。呼吸数 22/分。SpO₂ 93 %(リザーバー付マスク 10 L/分 酸素投与下)。心音に異常を認めない。呼吸音に左右差を認めないが、舌根が沈下し、いびき様の呼吸をしている。瞳孔は右 4 mm、左 3 mm、対光反射は右側で遅延している。右側頭部と右手背部に擦過傷を認める。外見上、他に目立った外傷は認めないが、左不全片麻痺を認める。
検査所見:迅速簡易超音波検査〈FAST〉では異常を認めない。
優先すべき対応で適切なのはどれか。
a. 気管挿管
b. 胸腔穿刺
c. 緊急ペーシング
d. 脳室ドレナージ
e. 中心静脈カテーテル留置
この患者は頭部外傷後に意識レベルが低下しており、GCS(Glasgow Coma Scale)スコアが受傷30分後に14から8に低下しています。また、瞳孔の左右差と右側の対光反射の遅延、および左不全片麻痺が見られます。これらの所見は、頭蓋内圧亢進や脳ヘルニアの可能性を示唆しています。さらに、舌根沈下によるいびき様の呼吸も見られるため、気道確保が重要です。
優先すべき対応は「a. 気管挿管」である。
気管挿管により、以下の問題を解決することができます:
1. 気道確保:舌根沈下による気道閉塞を防ぐ。
2. 脳への酸素供給:低酸素状態を防ぎ、脳への酸素供給を確保する。
3. 頭蓋内圧管理:適切な換気を行うことで、頭蓋内圧を管理しやすくする。
他の選択肢について:
- **b. 胸腔穿刺**:呼吸音に左右差がなく、胸部の問題を示唆する所見がないため、適切ではない。
- **c. 緊急ペーシング**:心拍数は正常であり、心臓の問題は示唆されていないため、適切ではない。
- **d. 脳室ドレナージ**:頭蓋内圧亢進の管理として考慮されるが、まずは気道確保と酸素供給が優先される。
- **e. 中心静脈カテーテル留置**:緊急性は低く、まずは気道確保と脳の酸素供給が優先される。
したがって、優先すべき対応は「a. 気管挿管」である。
処置後に撮影した頭部単純 CTを別に示す。
診断はどれか。
a. 脳挫傷
b. 皮質下出血
c. 急性硬膜外血腫
d. 急性硬膜下血腫
e. びまん性軸索損傷
この患者の頭部単純CTの所見から、診断として最も可能性が高いのは「d. 急性硬膜下血腫」である。
急性硬膜下血腫の特徴は以下の通りです:
- **頭部外傷後の意識レベルの低下**:この患者はGCSスコアが14から8に低下しており、急性硬膜下血腫に伴う意識障害が示唆されます。
- **瞳孔の左右差と対光反射の遅延**:右側瞳孔径の拡大(4 mm)および対光反射の遅延は、右側の硬膜下血腫による脳の圧迫を示唆します。
- **片麻痺**:左不全片麻痺は、右側の病変(右側の硬膜下血腫)により引き起こされた可能性があります。
頭部CTでは、硬膜下血腫は三日月状の高密度影として見られることが多く、これは硬膜下に血液が溜まるためです。
他の選択肢についての説明:
- **a. 脳挫傷**:脳挫傷は局所的な脳組織の損傷を示し、CTで散在する高密度領域として見られることがあります。しかし、脳挫傷だけではここまで急激な意識レベルの低下や片麻痺は説明しにくいです。
- **b. 皮質下出血**:皮質下出血は脳内出血の一形態であり、CTで出血領域として認識されますが、この患者の臨床像やCT所見とは一致しません。
- **c. 急性硬膜外血腫**:硬膜外血腫はレンズ状の高密度影として見られ、しばしば外傷により生じますが、瞳孔の変化や片麻痺は急性硬膜下血腫と比較して異なることがあります。また、CT所見の形状が異なります。
- **e. びまん性軸索損傷**:びまん性軸索損傷は重度の外傷性脳損傷であり、CTでは明確な出血を伴わないことが多いです。患者の臨床像や急激な意識低下、片麻痺とは一致しません。
したがって、この患者の診断として最も可能性が高いのは「d. 急性硬膜下血腫」です。