72 歳の女性。物忘れのため心配した夫に伴われて来院した。
現病歴: 1 年前から、時折、財布の中にある金額があわないと訴えることがあった。半年前から「家に知らない子どもが遊びに来ているが、挨拶をしてくれない」という発言を繰り返すようになった。物忘れが徐々に悪化するため受診した。気分の落ち込みはなく、趣味のガーデニングは楽しめている。睡眠障害と睡眠中の行動異常を認めない。夫によると、知らない子どもが家に遊びに来たことはないという。
既往歴:25 歳時に異所性妊娠で手術。
生活歴:喫煙歴はない。飲酒は機会飲酒。夫と同居。車で 30 分の距離に長女夫婦が住んでいる。
家族歴:父親は肺炎、母親は脳梗塞で死亡。
現 症:意識は清明。意思疎通は可能で、礼節は保たれている。身長 157 cm、体重 52 kg。体温 36.2 ℃。脈拍 88/分、整。血圧 132/76 mmHg。呼吸数 12/分。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部に異常を認めない。歩行は前傾姿勢で、歩幅はやや小刻みである。脳神経系に異常を認めない。四肢筋力は正常だが、四肢に歯車様筋強剛を認める。腱反射は正常で、運動失調、感覚障害を認めない。
検査所見:尿所見:蛋白(-)、糖(-)。血液所見:赤血球 438 万、Hb 13.2g/dL、Ht 40 %、白血球 5,800、血小板 18 万。血液生化学所見:AST 26 U/L、ALT 18 U/L、LD 162 U/L(基準 124~222)、γ-GT 16 U/L(基準 9 ~32)、アンモニア 22 μg/dL(基準 18~48)、尿素窒素 16 mg/dL、クレアチニン 0.7 mg/dL、血糖96 mg/dL、Na 142 mEq/L、K 4.2 mEq/L、Cl 98 mEq/L。CRP 0.1 mg/dL。頭部単純 MRI では大脳皮質の萎縮を認める。
この患者に行う検査で最も適切なのはどれか。
a. Rorschach テスト
b. 標準型失語症検査〈SLTA〉
c. 改訂長谷川式簡易知能評価スケール
d. 日本版 Denver 式発達スクリーニング検査
e. Hamilton うつ病評価尺度〈Hamilton Rating Scale for Depression〉
この患者に行う検査で最も適切なのは「c. 改訂長谷川式簡易知能評価スケール」です。
### 理由:
- **改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)**は、認知機能の評価に広く用いられるスクリーニングテストであり、認知症の可能性を評価するのに適しています。患者は物忘れが進行しており、幻覚を示唆する発言も見られることから、認知症の評価が必要です。
### 他の選択肢について:
- **a. Rorschachテスト**: 性格検査の一種であり、認知機能障害の評価には適していません。
- **b. 標準型失語症検査(SLTA)**: 失語症の診断に用いられますが、この患者の症状には適しません。
- **d. 日本版Denver式発達スクリーニング検査**: 小児の発達を評価する検査であり、この患者には適しません。
- **e. Hamiltonうつ病評価尺度(HAM-D)**: うつ病の重症度を評価する尺度ですが、この患者には気分の落ち込みが見られず、うつ病が疑われる状況ではないため適切ではありません。
したがって、認知症の評価を行うために「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」が最も適切です。
この患者に適切な薬剤はどれか。
a. ドネペジル
b. メラトニン
c. クロナゼパム
d. パロキセチン
e. ハロペリドール
この患者に適切な薬剤は「a. ドネペジル」です。
### 理由:
- **ドネペジル**は、アルツハイマー型認知症の治療に用いられるコリンエステラーゼ阻害薬で、認知機能の改善や進行の抑制に効果があります。患者は物忘れや幻覚(知らない子どもが遊びに来ているという発言)など、認知症を示唆する症状が見られるため、ドネペジルが適切です。
### 他の選択肢について:
- **メラトニン**: 睡眠障害の治療に用いられますが、この患者には睡眠障害がないため適していません。
- **クロナゼパム**: 不安や睡眠障害、てんかんの治療に用いられますが、認知症の治療には適していません。
- **パロキセチン**: 抗うつ薬であり、うつ病や不安障害の治療に使用されますが、この患者にはうつ病の症状は見られていません。
- **ハロペリドール**: 抗精神病薬であり、幻覚や妄想が強い場合に用いられることがありますが、副作用として認知機能の低下を引き起こす可能性があるため、認知症の初期治療薬としては適していません。
したがって、認知症に対する治療薬として「ドネペジル」が最も適切です。
この患者の今後について、アドバンス・ケア・プランニング〈ACP〉を行う方針 となった。
誤っているのはどれか。
a. 多職種で支援する。
b. 患者より夫の意向を優先する。
c. 話し合った内容を記録に残す。
d. 患者が話しやすい環境を整える。
e. 患者の意思を繰り返し確認する。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)において誤っているのは「b. 患者より夫の意向を優先する」です。
### 理由:
- **ACP**は、患者自身の意思や価値観を尊重し、今後の医療やケアに関する計画を立てるプロセスです。ACPでは、患者の意思が最優先されるべきであり、家族や代理人の意向は、患者の意思が確認できない場合に参考にされることはありますが、患者の意思を上回ることはありません。
### 他の選択肢について:
- **a. 多職種で支援する**: ACPは医師、看護師、ソーシャルワーカーなど多職種が協力して支援することが重要です。
- **c. 話し合った内容を記録に残す**: 記録に残すことは、今後のケアや治療方針に反映させるために重要です。
- **d. 患者が話しやすい環境を整える**: 患者がリラックスして自分の意思を表明できるよう、話しやすい環境を整えることが大切です。
- **e. 患者の意思を繰り返し確認する**: 状況や健康状態が変わる可能性があるため、ACPは一度の話し合いで終わるのではなく、患者の意思を繰り返し確認することが必要です。
したがって、ACPにおいて「患者より夫の意向を優先する」という方針は誤りです。